
見えすぎない、という贅沢
視力検査の正解は「1.5」だと、誰が決めたのだろう。私の眼鏡は、わざと度を四分の一だけ弱く削ってある。世界の輪郭がほんの少しだけ甘い。それでちょうどいい。
読む→旅とグルメの書き手・畔蒜ジョージが、人生の道連れに選んだ「パートナー」たちの記録。
ここでいうパートナーとは、人間のことではない。旅をともにし、原稿を支え、帰る場所で待っている——眼鏡、カメラ、ボールペン、ビールマグ。そんな道具やモノたちのことだ。万人へのおすすめではなく、あくまで畔蒜が惚れ込んだ、その理由だけを綴っている。

視力検査の正解は「1.5」だと、誰が決めたのだろう。私の眼鏡は、わざと度を四分の一だけ弱く削ってある。世界の輪郭がほんの少しだけ甘い。それでちょうどいい。
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いいカメラを持つと、人は「撮る人」になってしまう。私が欲しかったのは、撮る人になる前の、ただ見ている人のための道具だった。
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時差とは、地球が用意した意地悪である。これに抗う唯一の武器は、いつでも「夜」を取り出せること。私の夜は、薄い布の袋に畳んでカバンの隅にいる。
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スーツケースは、立ち止まっている人間のための道具だ。私はたいてい歩いているか、走っているか、階段を駆け上がっている。だから旅の荷物は、ずっと背中にある。
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書斎の引き出しには、いただきものの立派な万年筆が眠っている。それなのに、取材ノートを握るとき手が伸びるのは、いつもコンビニで買える、この百数十円の一本だ。
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旅の道具ばかり紹介しておいて何だが、これは旅に持って行けない。重くて、割れる。だからこそ、これは「帰ってきた」という事実そのものを飲むための器なのだ。
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旅の一日は、平気で三万歩を超える。そのとき足を守ってくれるのは、高価な靴ではなく、靴の中で黙々と働く、この地味な布だった。
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旅は、身体に負債を積み上げていく行為だ。硬いベッド、長い移動、時差。帰国後にその負債を一晩で返済してくれる場所が、家になければならない。
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旅には、どうしてもシャワーを浴びられない夜がある。汗ばんだ体と脂ぎった顔を、一枚でまるごとリセットしてくれるのがこの大判シートだ。
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第六回で薄手のビールマグを偏愛していると白状した。ならば筋を通さねばならない。よく呑む人間には、よく労わる道具が要る。これは、その共犯者である。
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