なぜ手放せないか

ズームはない。レンズは28mmに固定されている。「もっと寄りたい」と思ったら、自分の足で寄るしかない。この不便さが、いい。被写体との間合いを、機械ではなく自分の身体で決める。一歩踏み出す勇気のぶんだけ、写真は良くなる。レンズを交換しないという制約は、撮り手にとっての自由でもある。

蘊蓄をひとつ

28mmという画角は、人間が「ちょっと意識して見たとき」の視野にほぼ等しいと言われる。広すぎず、狭すぎず。だからこのカメラで撮った写真は、後から見ても「自分がその場に立っていた」感覚がそのまま蘇る。記録ではなく、記憶の手触りに近い。

旅での相棒ぶり

上着のポケットに沈め、市場でも礼拝堂でも、構えずに撮る。一眼を首から下げていた頃より、はるかに多くの「撮ってよかった」に出会えるようになった。最高のカメラとは、いつも持っているカメラのことだ。これは手垢のついた格言だが、手垢がつくほど正しい。