なぜ手放せないか
処方箋の「最高視力」を私は信用していない。一日中ファインダーと原稿用紙を覗き込む人間にとって、見えすぎる眼鏡は、夕方には頭痛に化ける。あえて一段甘く合わせたこの一本だけが、朝から晩まで顔に居座っても文句を言わせない。視力とは、瞬間の鋭さではなく、一日の持久力で測るべきものだと思っている。
蘊蓄をひとつ
フレームは鯖江。日本の眼鏡の九割以上を生み出してきた、福井の小さな町だ。セルロイドという素材は燃えやすく、加工に手間がかかるので今や絶滅危惧種だが、肌に馴染んだときの艶と、わずかな弾力だけは、後発の樹脂がいまだ追いつけずにいる。古いものが残るのには、たいてい理由がある。
旅での相棒ぶり
夜行列車の硬い枕に押し付けられ、空港の床に二度ほど落とされ、それでもこのフレームはしなって耐えた。旅の道具を選ぶ基準は「壊れないこと」ではなく「壊れかけても使えること」だと、この眼鏡が教えてくれた。
