火の山を眺めながら、少しだけ祝い酒を思う

2025.11.22 ・ ・ 旅行記

火の山を眺めながら、少しだけ祝い酒を思う

『萬國道中膝栗毛』の頁をまた一枚めくるように、私は鹿児島へ向かった。

五十記事という数字は大きいようでいて、振り返ればあっという間だった。

北海道から本州を歩き、各地で人や景色や物語と出会ってきた。

その節目に何をするか考えた時、頭に浮かんだのは意外にも単純な答えだった。

旨いものを食べたい。

それならば旅に出るしかない。

そうして選んだのが鹿児島だった。

初めて訪れる土地である。

地図の上では何度も見てきた場所だが、実際に立つのは今回が初めてだった。

旅には理由が必要な時もある。 仕事だったり、約束だったり、誰かに呼ばれたり。 だが今回は少し違った。 五十本の記事を書き終えた記念に、どこかで旨いものでも食べよう。 それだけの理由で南へ向かったのである。

南へ向かう旅路

飛行機の窓から見える景色が少しずつ変わっていく。

雲の切れ間から海が見える。

その向こうには九州の大地が広がっていた。

初めて訪れる土地には独特の高揚感がある。

知識として知っている場所と、実際に立つ場所はまるで違う。

鹿児島もそうだった。

空港へ降り立った瞬間、空気の柔らかさに気付く。

もちろん季節にもよるのだろう。

だが北日本を歩く時とはどこか違う。

光の色まで少し変わったように感じた。

市街地へ向かう車窓からは緑が見える。

山が見える。

そして遠くには海が見える。

土地の輪郭がはっきりしている。

初めての街なのに不思議と緊張感はなかった。

むしろ長く名前だけ知っていた友人に会いに来たような感覚だった。

旅先との出会いには色々な形がある。

突然好きになる街もあれば、何度も通ってようやく馴染む街もある。

鹿児島はどちらだろう。

そんなことを考えながら私は街へ入った。

桜島という存在

鹿児島市内を歩いていると、自然と視線が海の方へ向かう。

そしてその先に桜島が見える。

写真で見たことは何度もあった。

だが実際に目の前へ現れると迫力が違う。

大きい。

想像以上に大きい。

街の背景として存在しているというより、街そのものの一部になっている。

鹿児島の人々は毎日この山を見ながら暮らしているのだろう。

そう考えると少し羨ましくなった。

活火山という存在は恐ろしさもある。

だが同時に圧倒的な魅力を持っている。

海沿いを歩きながら桜島を眺める。

観光客らしく写真も撮った。

だが途中からカメラを下ろした。

見ているだけで十分だったからだ。

旅先では時々そういう景色に出会う。

記録しようとするより、ただ眺めていたくなる景色である。

風が吹く。

海が光る。

桜島は黙ったままそこにある。

その姿を見ているうちに、五十記事だの記念だのという話が少し小さく思えてきた。

旅を続けることは大事だ。

だが自然の大きさの前では、人の営みは案外ささやかである。

それもまた旅が教えてくれることだった。

祝いの理由

今回の旅の目的は観光であり、そして祝いでもあった。

五十記事。

数字にするとそれだけだ。

だが実際には数え切れない景色がそこにある。

函館の坂道。

盛岡の川。

青森の港。

名古屋の駅。

倉敷の白壁。

それぞれの土地で出会いがあった。

人との出会いもあれば、土地との出会いもあった。

時には思いがけない縁も生まれた。

記事を書いていると、自分が旅をしているのか、旅に連れ回されているのか分からなくなることがある。

予定していなかった場所へ行き、予定していなかった人と会い、予定していなかった話を書く。

その積み重ねが五十記事だった。

だから今回の祝いも大げさなものではない。

少し旨いものを食べて、少し良い酒を飲む。

それで十分だった。

旅人の祝い方としては、そのくらいがちょうどいい。

豪華な式典も記念品もいらない。

その土地でしか食べられない料理があり、その土地でしか見られない景色があれば、それだけで祝福になる。

鹿児島はそんな旅に似合う街だった。

夕暮れの海を眺めながら

夕方になると海の色が変わり始めた。

昼間の明るい青ではない。

少し落ち着いた色合いになっている。

桜島の輪郭も柔らかくなった。

私は海沿いのベンチへ腰掛けた。

急ぐ理由は何もない。

飛行機の時間までまだ余裕がある。

潮風を受けながら、しばらく景色を眺めていた。

旅の終わりというより、新しい旅の始まりのような気分だった。

五十記事を書き終えた。

だから終わりではない。

むしろまだ途中である。

日本には行っていない土地がたくさん残っている。

聞いたことのない話もある。

会ったことのない人もいる。

出会いはまだ先に続いている。

海の向こうには桜島が見える。

その姿は変わらない。

だが次にここへ来た時、私の方は少し変わっているかもしれない。

六十記事を書いているかもしれないし、百記事になっているかもしれない。

あるいは海外のどこかを歩いているかもしれない。

そんなことを考えながら立ち上がった。

鹿児島の夕暮れは静かだった。

そして、その静けさは祝いの旅の終わりにふさわしいものだった。

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