五十の旅路を越えて

2025.11.11 ・ 東京 ・ 逸話・裏話

五十の旅路を越えて

旅というものは不思議である。

歩いている最中は長く感じるのに、振り返るとあっという間だ。

今回は少し寄り道をして、この「畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛」が五十記事を迎えた記念として、これまでのことを振り返ってみたい。

気が付けば五十本目の記事になった。 旅の途中で数を数えることはあまりない。 だが振り返ってみれば、ずいぶん遠くまで歩いてきたような気もする。 そして同時に、まだ玄関を出たばかりのような気もしている。

紙から始まった旅

そもそも萬國道中膝栗毛は、最初からインターネットの世界にあったわけではない。

もともとは紙で作ることを前提に考えていた。

昔ながらの小冊子である。

旅先で見た景色や、道中で出会った人々の話をまとめ、どこかの喫茶店の片隅や書店の棚にそっと置いておく。

そんな姿を想像していた。

私自身、長く紙の世界に親しんできた。

紙には独特の重みがある。

ページをめくる感触。

インクの匂い。

少し黄ばんでいく時間までも含めて、紙の媒体には魅力がある。

だから最初は紙で始めるつもりだった。

ところが時代は変わる。

旅先で知り合った人からも、

「今はブログの方が読まれるのではないですか」

と言われることが増えた。

確かにその通りだった。

遠方の人にも読んでもらえる。

発行部数を気にしなくていい。

何より、旅先からでも更新できる。

そうして私は紙からブログへと場所を移した。

しかし、これがなかなか大変だった。

文章を書くことはできる。

だがホームページを作ることはできない。

記事を書けば勝手に掲載されるわけでもない。

画像はどうする。

更新はどうする。

表示が崩れたらどうする。

専門用語はまるで外国語だった。

正直に言えば、最初は旅を書くどころではなかった。

更新するたびに四苦八苦していたのである。

結局、自分一人ではどうにもならず、専門の技術者についてもらい、ようやく形になった。

今振り返ると笑い話だが、当時は本当に必死だった。

記事を書くより管理画面と格闘している時間の方が長かった日もあったくらいである。

旅を書く楽しさ

ところが不思議なもので、人間は慣れる。

更新の流れを覚え、写真の扱いも覚え、少しずつ形になってくると今度は楽しくなってきた。

記事を書いて公開する。

すると誰かが読んでくれる。

感想が届く。

時には昔住んでいた土地の話を教えてもらう。

旅先の情報をいただくこともある。

旅を書いているつもりだったのに、読者との出会いまで生まれるようになった。

これは紙だけではなかなか得られなかった体験である。

北海道の記事を書けば北海道の方から連絡が来る。

青森の記事を書けば青森の話が届く。

自分一人で歩いているつもりだった旅路が、いつの間にか多くの人と繋がっていた。

畔蒜ジョージという名前で旅を書き始めた時には想像もしなかったことである。

旅の価値は景色だけではない。

やはり出会いなのだと思う。

人との出会い。

土地との出会い。

そして物語との出会い。

五十本の記事を書いてきて、その考えはますます強くなった。

旨いめし歩きの珍事件

ありがたいことに「畔蒜ジョージの旨いめし歩き」は予想以上の反響をいただいている。

旅先で食べた料理を書くだけの企画だった。

ところが意外にも読者が多い。

どうやら皆さん、人の旅の話より人の食事の話の方が好きらしい。

それはそれで少々複雑な気持ちではある。

もっとも困るのは感想である。

「美味しそうでした」

「今度行きます」

というものならありがたい。

だが時には、

「これは詐欺ではないか」

というお便りも届く。

理由を読むと、

「記事を読んで行ったら自分の好みではなかった」

というのである。

なるほど、それは困った。

しかし私にも言い分はある。

味覚というものは人によって違う。

私が旨いと思ったものを、他人が旨いと思う保証はない。

そこで私は返事を書いた。

「詐欺ではありません。蓼食う虫も好き好き、と思っていただけると幸いです」

と。

我ながら身も蓋もない返答だったと思う。

ところが数週間後、その読者から再び連絡が来た。

そしてなぜか一緒に食事へ行くことになった。

人生とは本当に分からない。

詐欺だと言われた相手と同じ食卓を囲む日が来るとは思わなかった。

実際に会ってみると気さくな方だった。

料理の好みは違ったが、旅の話は盛り上がった。

結局、その日の店はお互い気に入った。

出会いとは不思議なものである。

時には苦情のようなものから始まることさえある。

木更津へ帰る道

五十の記事を書いてきた中で、私自身が特に印象に残っている記事がある。

「私のこと」の代表記事として掲載している、木更津へ墓参りに向かった時の記録である。

全国各地を歩いてきたが、あの記事だけは少し性質が違っていた。

旅先を訪ねるのではなく、自分がかつていた場所へ戻る旅だったからである。

木更津は私の生まれ育った土地だ。

見慣れていたはずの景色なのに、長い年月を経て訪れると不思議なほど新鮮に見える。

子供の頃には何とも思わなかった道。

当たり前に見ていた空。

通学路だった坂道。

そうしたものが、旅人の視線で見えてくる。

墓参りを終えた後、私はしばらく街を歩いた。

すると次から次へと昔の記憶が浮かんでくる。

あの店はまだ残っている。

この道は少し広くなった。

あの空き地には建物が建っている。

旅先では景色と出会う。

だが故郷では、過去の自分と出会うのだと思った。

そして面白いことに、一度足が向くとまた行きたくなる。

全国を歩いているのに、結局また木更津へ戻りたくなる。

地元というのはそういうものなのだろう。

遠く離れているからこそ近くなる。

忘れた頃に呼ばれるように帰りたくなる。

旅人になってから、むしろ故郷との距離は縮まったような気がしている。

今度は同窓会でも開いてみようかと思うことがある。

もっとも、この歳になると連絡先そのものが分からなくなっている人も少なくない。

どこで暮らしているのか分からない人もいるだろう。

あるいは、もうこちらからの便りが届かないほど遠い場所へ旅立ってしまった人もいるかもしれない。

それでも、もし集まれるなら面白そうだ。

半世紀以上それぞれの人生を歩いてきた人間が再び顔を合わせる。

旅の話などより、よほど不思議な出会いになるのかもしれない。

創刊号はまだ終わっていない

ブログは便利だ。

今やそう思っている。

遠くの読者とも繋がれる。

過去の記事も探しやすい。

更新も早い。

それでも、紙への未練が消えたわけではない。

むしろ五十記事を書いた今だからこそ強くなっている。

いつか創刊号を出したい。

本当の意味での創刊号である。

紙の萬國道中膝栗毛。

旅先で撮った写真を載せ、記事をまとめ、一冊の本として形にしたい。

発行部数は多くなくていい。

百部でも五十部でも構わない。

ただ実際に手に取れる形で残したいのである。

ブログで始まった旅だが、最後は紙へ戻るのも悪くない。

そんなことを時々考えている。

次の旅へ

五十記事という数字は区切りではある。

だが終点ではない。

むしろ通過点に近い。

まだ行ったことのない土地は数え切れないほどある。

会ったことのない人もいる。

聞いたことのない逸話もある。

食べたことのない料理もある。

旅は続いていく。

畔蒜ジョージという旅人も、まだ歩き続けるつもりだ。

まずは日本をもう少し歩きたい。

そしていずれは世界も視野に入れている。

若い頃のような勢いはない。

だが、その代わりにゆっくり歩くことは覚えた。

急がなくても景色は逃げない。

むしろゆっくり歩いた方が見えるものもある。

ここまで読んでくださった皆様に感謝したい。

旅の途中で出会ってくださった方々にも感謝したい。

この五十記事は私一人で作ったものではない。

旅先での出会いがあり、読者との出会いがあり、多くの縁が積み重なってここまで来た。

次の五十記事でどこへ辿り着くのか。

それはまだ分からない。

だが一つだけ確かなことがある。

私はこれからも書き続ける。

そしてまた、どこかの街で新しい出会いを探して歩いているだろう。

#畔蒜ジョージ #萬國道中膝栗毛 #旅の振り返り