最後の将軍は、自転車に夢中だった
2025.10.12 ・ 静岡 ・ 逸話・裏話

旅を続けていると、景色より先に物語と出会うことがある。
静岡市を歩いている時もそうだった。
駿府城跡を眺めながら、この街には最後の将軍・徳川慶喜が暮らしていたことを思い出した。
江戸幕府を終わらせた人物。
大政奉還を決断した人物。
そんな歴史の中心にいた男が、静岡では意外な趣味に熱中していたという。
それが自転車だった。
歴史上の人物には、それぞれ決まったイメージがある。 戦国武将なら刀。 幕末の志士なら志。 将軍なら権威と威厳。 だが時折、そうしたイメージを軽々と裏切る逸話に出会うことがある。 静岡に残る徳川慶喜の話も、その一つだった。
静岡へやって来た最後の将軍
明治維新後、徳川慶喜は政治の表舞台から姿を消した。
江戸幕府最後の将軍という肩書だけを見れば、その後の人生は失意の日々だったようにも思える。
しかし実際には少し違ったらしい。
慶喜は静岡へ移り住み、比較的穏やかな生活を送っていたという。
写真。
狩猟。
絵画。
園芸。
実に多趣味な人物だった。
私は歴史を調べるたびに思う。
人間は肩書だけでは分からない。
教科書の中では「最後の将軍」と一行で終わる人物にも、日々の暮らしがあり、好き嫌いがあり、好奇心があったはずなのだ。
静岡の街を歩いていると、そのことが妙に現実味を帯びてくる。
城跡の石垣。
静かな並木道。
かつて慶喜も同じ空を見上げていたのだろうか。
そんな想像をしながら歩いていると、歴史上の人物との距離が少しだけ縮まる。
将軍、自転車に乗る
そして慶喜の趣味の中でも、とりわけ面白いのが自転車である。
現在なら珍しくも何ともない。
小学生でも乗る。
通勤で使う人も多い。
だが明治時代の自転車は違った。
極めて新しい乗り物だったのである。
海外から入ってきたばかりの文明の象徴。
今で言えば、最新技術の乗り物に熱中するようなものだったのかもしれない。
慶喜はその自転車に夢中になった。
しかも見て楽しむだけではない。
実際に乗り回したという。
考えてみればなかなか凄い話だ。
つい数年前まで将軍だった人物が、自転車に跨って街を走るのである。
もし当時の人々が見たらどう思っただろう。
突然目の前に現れたその姿は、かなり衝撃的だったに違いない。
私なら二度見する。
いや三度見するかもしれない。
現代人の感覚で言えば、元国家元首が電動キックボードに夢中になっているようなものだろうか。
少し違う気もするが、とにかく驚く。
それくらい意外な組み合わせだった。
庶民が見た「変わった殿様」
当時の静岡では、慶喜の姿を目撃した人々の記録も残っている。
もちろん全てが詳細に伝わっているわけではない。
だが、自転車に乗る慶喜の姿はかなり有名だったらしい。
人々は驚いただろう。
最後の将軍と聞けば、格式高い生活を想像する。
ところが実際には、新しい機械や技術へ興味を示し、積極的に取り入れていた。
そう考えると、慶喜という人物は実に近代的だったのかもしれない。
歴史上の人物を調べていて面白いのは、こうした意外な一面との出会いである。
偉人として見るのではなく、一人の人間として見えてくる。
静岡に残るこの逸話もまさにそうだった。
最後の将軍という巨大な肩書の向こうに、好奇心旺盛な一人の男がいたのである。
歩道を歩いていると、自転車に乗った学生が軽快に通り過ぎていった。
当たり前の光景だ。
だが百年以上前なら違う。
もしかすると、その姿は物体エックスに近いほど未知の存在だったのかもしれない。
新しい技術とは、いつの時代もそんなものなのだろう。
静岡だから残った物語
もし慶喜が東京に住み続けていたら、この逸話は残らなかったかもしれない。
だが静岡だったからこそ、人々の記憶に刻まれた。
この街には独特の穏やかさがある。
富士山があり、海があり、ゆったりとした時間が流れている。
政治の中心から離れた場所だからこそ、慶喜もまた肩の力を抜いて暮らせたのだろう。
旅先では時折、土地と人物の相性を考えることがある。
坂本龍馬なら高知。
西郷隆盛なら鹿児島。
そして徳川慶喜なら晩年の静岡なのかもしれない。
穏やかな気候。
穏やかな街。
そして新しいものを受け入れる余白。
そこに自転車との出会いがあった。
その出会いは、歴史の教科書にはほとんど載らない。
だが私はこういう話が好きだ。
偉人を偉人ではなく、人間として感じられるからである。
帰り際、街角で見かけた一台の自転車にふと目が留まった。
もちろん慶喜が乗ったものではない。
だが百数十年前、この街のどこかで最後の将軍も同じように風を切っていたのだろう。
そう思うと、静岡の景色が少しだけ違って見えたのである。
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