栃木は日光 トラットリア ジッリ
2025.07.31 ・ 栃木 ・ グルメ

東武日光駅からほど近い場所にある「トラットリア ジッリ」。
旅先でイタリア料理を選ぶ機会はそれほど多くない。
せっかくなら郷土料理を、と思うこともある。
だが長く旅を続けていると、その土地の食材をどう料理人が扱うのかを見るのもまた旅の楽しみなのだと気付く。
畔蒜ジョージの旨いめし歩きも、そうした出会いを追いかけながら続いている。
日光に着いたのは昼を少し回った頃だった。 東武日光駅の周辺は観光地らしい賑わいがあるのだが、少し歩けば山の気配が近づいてくる。どこか湿り気を帯びた風が流れ、杉の香りが街の隙間から顔を覗かせる。 寺社へ向かう人々の流れを眺めながら歩いているうちに、ふと腹が減っていることに気付いた。 旅先での昼食というものは不思議なもので、最初から決めていた店よりも、偶然の出会いの方が長く記憶に残ることがある。
旅人の歩みを止める店
店構えは派手ではない。
しかし不思議と足を止めたくなる空気があった。
良い店というのは看板の大きさではなく、扉の向こう側に漂う気配で分かることがある。
ガラス越しに見える店内は落ち着いていて、観光地によくある慌ただしさとは少し違っていた。
席に腰を下ろすと、街を歩いていた時のざわめきがすっと遠ざかる。
窓の外では旅人が行き交い、店の中ではゆっくりと時間が流れている。
その温度差が心地よかった。
旅先で求めているのは名物料理だけではない。
時にはこうして、自分の歩く速度を少しだけ落としてくれる場所との出会いが欲しくなる。
土地の味をイタリア料理で食べるということ
料理が運ばれてくるたびに思った。
これはイタリア料理でありながら、どこか日光の風景を食べているような感覚なのだ。
野菜には土の香りがあり、肉には土地の力強さがある。
派手な味付けで押し切るのではなく、それぞれの素材が持つ輪郭を丁寧に浮かび上がらせている。
特に印象的だったのはパスタだった。
麺を口に運ぶたびに、ソースが主役というより素材同士が静かに会話しているように感じられる。
濃厚なのに重くない。
旨味は深いのに押し付けがましくない。
その絶妙な加減が実に心地よかった。
私、畔蒜ジョージは旅先で数え切れないほどの料理と出会ってきたが、記憶に残る料理というのは決まってこういう一皿である。
驚かせるのではなく、気付けば忘れられなくなっている。
そんな料理だ。
昼下がりに残った余韻
食事を終えた後もしばらく席を立てなかった。
デザートとコーヒーを前にしていると、外の時間と切り離されたような感覚になる。
旅では次の目的地が待っている。
東照宮も、中禅寺湖も、華厳の滝もある。
それでも、この日の記憶を振り返った時に最初に思い出すのは観光地ではなく、この店の静かな昼下がりかもしれない。
旅先には時折、説明しにくい魅力を持った場所がある。
理由はよく分からないのに、また行きたくなる。
まるで何年か後に再会する約束でも交わしたような気分になる。
畔蒜ジョージの旨いめし歩きは、そんな店との出会いを探すために続いているのだと思う。
店を出ると、午後の日差しが駅前の通りを照らしていた。
東照宮へ向かう人々の流れの中へ戻りながら、ふと振り返る。
旅の途中で出会った一皿は、気付けばその日の風景そのものになっていた。
それは料理との出会いであり、日光という土地との新しい出会いでもあったのだ。
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